震災から10年、今まで、そしてこれから

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震災から10年、今まで、そしてこれから

震災から10年、今まで、そしてこれから

2011年3月11日、東日本大震災が発生。巨大津波と東京電力福島第1原発事故という未曽有の災害は、全国で約1万9600人の命を奪った。多くの日本人の暮らしと営みが奪われたあの日から10年を迎え、あの震災に対する思いや今後取り組みについて、地域医療と寄り添って活動している2人に話を聞いた。

住民のこころの健康を守っていくために

国家的なゲートキーパー戦略の取り組み

岩手県では約20年前から地域が一体となって自殺対策に取り組んできた。その中心的役割を果たしてきたのが、大塚 耕太郎教授だ。そもそも自殺対策に取り組むようになった背景には何があったのだろうか。

「岩手県の自殺率は全国でも高く、特に県北沿岸の久慈地域は一番深刻な状況でした。2001年に久慈地域の保健所、市町村の保健師と一緒にワークショップを行い、自殺の背景や対策の必要性を検討することから取り組みが始まりました」

活動を続けてきて、状況は以前と比べ、どのように改善されたのか。

「現在の久慈地域の対策は、私が事務局長をつとめた厚生労働省の『自殺対策のための戦略研究(J-MISP)の地域介入班〈複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究(NOCOMIT-J)〉』において、自殺率が高い地域での複合的な自殺対策の有効性を世界で初めて複数地域で実証したものを基盤としています。久慈地域では東日本大震災後も対策を広げ、自殺死亡者は最大期の約3分の1になり、岩手県の自殺対策のアクションプランに『久慈モデル』として位置づけられ、岩手県の自殺死亡者数も最大期から半減しています」
 
 
自殺対策では、身近な人の自殺の兆候に気づき、必要な支援につなげる『ゲートキーパー』の養成が重要であるということですが、どのように取り組んできたのか。

「自殺対策基本法(2006年)に基づく自殺総合対策大綱(2007年)ではゲートキーパーの養成を重要課題と位置づけました。2009年、私自身は大綱の重点施策である自殺未遂者ケアのガイドライン策定に取り組んでいました。この年、内閣府の自殺対策推進室の方々と、大綱が示す総合的な自殺対策の実現には国家的なゲートキーパー養成の戦略が必須である認識を共有しました。当時、オーストラリアで開発され世界10数か国で普及されていた『メンタルヘルス・ファーストエイド』というこころの健康への早期介入のプログラムの普及と効果検証に日本の代表として全国の仲間と取り組んでいました。この取り組みを基盤として内閣府自殺対策推進室と一緒に『ゲートキーパー養成研修テキスト・DVD』を3年間にわたって第1版から3版まで作成し、これまで全国のゲートキーパー養成の普及に取り組んできました」

被災地の精神科医療を補完するこころのケア

今年は東日本大震災から10年になるが、大塚教授は被災地のこころのケアや自殺対策についてはどのように考えているのだろう。

「世界では、災害の十数年後に被災者へのメンタルヘルスへの影響があることが知られていましたが、長期的な戦略による被災地のメンタルヘルス対策の知見は十分にありませんでした。被災者のこころの復興として、従来のゴールであった『復興期』の先にある、住民が安心して暮らせる『定住期』までこころの健康を守っていくことが大切と考えました。岩手県が精神科医療過疎である東日本大震災津波被災地のこころのケアとして本学に委託している『岩手県こころのケアセンター事業』は、今年で10年目となりますが、岩手県の復興推進プランの重要な役割を担っており、これから先も続けていかなければいけないと考えています」

人に寄り添う医療という観点から、これから岩手医科大学が果たしていくべき役目は何だろうか。

「病気で苦悩を抱えている方々や周囲の方々に寄り添うことは、病者の尊厳を守る基本的な姿勢として、時代を超えて普遍的に医学に求められてきました。そして、昨年度、厚生労働省の事業で、全国で100万人の心のサポーター養成を目指す研修プログラム骨子案を策定しました。この心のサポーター養成事業により国民的課題である精神障害者への偏見除去と地域ケアとして支援の輪が広がることが期待されています。このように現代の医学では、病気やケアについての啓発を通じて偏見を防ぐことや、地域ケアに関わる多くの方々と連携し、地域の保健医療システムの仕組みをつくり、病気の方々が安心して暮らせる地域づくりに貢献していくことが求められています」

10年前と同じことをやっていてはいけない

日本の技術不足を痛感した10年前

東日本大震災の時にご遺体の身元確認のために、混乱の中で歯科所見を作成し続けたのが熊谷 章子准教授だ。震災の時をこう思い出す。

「地震が起きたときは、内丸キャンパスの歯科医療センターの外来にいました。患者さんや学生さんもいる中、大きく揺れてどんどん停電になっていく。これはもう診療も実習もストップだなと思い、患者さんにご説明して帰宅していただくなど、混乱状態でした」

当時は口腔外科学分野の助教であったが、法医学を専攻し大学院を修了した歯科医師として震災の2日後から、現地で活動を行った。震災から10年たち、どのようなことを今、思っているのだろう。

「身元の確認は今もやっているんですよ。岩手県ではまだ48体のご遺体の身元がわかってない。この問題をどうにかしなくてはと、今も警察と共に取り組んでいます」

もし、初動の動きが違えば、まだ身元不明のご遺体の身元も判明したかもしれない。その思いもあって、熊谷准教授は2015年、ベルギーに留学する。

「ご遺体対応が日本は独特です。東日本大震災では、発災から1カ月間は、ご遺体がほぼ完全な状態で残っていると、見た目で判断してご遺族に返すということをしていました。あの状況では仕方がなかったのかもしれませんが、他の国は絶対そういうことはしません。海外では科学的な証拠を基にして身元を特定しています。そうした科学的根拠に基づいた方法が東日本大震災ではできていませんでした」

デジタル化の必要性を岩手から発信

科学的な根拠ということに対して、日本の技術に決定的に不足していることとは。

「デジタル化です。警察との情報共有においては、今でも紙媒体や捺印文化が根強く残っています。ご遺体の記録を残すのも紙媒体ですが、紙は丁寧に書かないと次の人が読めない。ですから他の国ではご遺体が多ければ全部ペーパーレスにして、データをデジタル化し、多職種で共有してご遺体の身元を確認します。科学的な根拠による身元確認は指紋、DNA、歯科所見で一応デジタル化されていますが、震災でクリニックが流されると、電子カルテも使えなくなります。そこで次の災害に備えて、歯科診療記録を安全な所に集約してデータベース化しなければいけません」

2017年からは学生に法科学講座で教えているが、実際、講義で技術なり経験をどのような形で学生に伝えているのだろう。

「安置所ってどんな所なんだろう、そこで歯科医師は何をするんだろう、ということをわかってもらえるように、遺体安置所の設営から、現場で実際に活動するというのを想定して実習を組み立てています。それと座学だけではなくて、学生にデンタルチャートを書かせるのですが、その際に実際のご遺体の写真を見せて書かせます」

そのように現場を想定して、実際の亡くなった方や腐敗したご遺体の写真を見せていても、実際の震災時の過酷な現場はまた印象は違うだろう。近い将来、大きな地震などの有事が起きたときに、医療に携わる者として必要なこととは何だろうか。

「災害時には犠牲者より被災者の方が絶対に多いんですよ。まず、その人たちを助けないといけないので、医師、歯科医師は、それに備えることが最も重要なことです。犠牲者の方の身元確認においては、近隣の韓国はデジタル化も進んでいて、専門家もいるので、もし日本がそういう壊滅的な状態になったら、韓国の有識者を呼んで安置所作業を手伝ってもらうとか、あるいはアメリカから呼んでもいい。こうした国際的なネットワーク構築やデジタル化が大事ではないかなと思います」