コロナ禍の医療最前線 地域のためにできること

HOME > 理念 > 大学概要 > コロナ禍の医療最前線 地域のためにできること

コロナ禍の医療最前線 地域のためにできること

コロナ禍の医療最前線 地域のためにできること

世界規模の感染流行の中、未だ終息が見通せない新型コロナウィルス。岩手県の医療現場の最前線で、発生当初より感染症対策にあたる本学スタッフに話を聞いた。

震災で痛感したロジスティクスを感染症対策にも

医師と看護師の力を100%発揮させるために

眞瀬 智彦教授は岩手県でコロナ感染者が出ると、どの医療機関に入院させるかといった病院間の調整や行政との連絡等を担当している。また教授は東日本大震災当時、災害派遣医療チームDMAT(ディーマット)の責任者として、岩手県庁の災害対策本部で指揮している。東日本大震災から10年、今、振り返って何を思うのだろうか。

「あの規模の災害は想定していませんでしたから、情報収集にしろ、組織づくりにしろできなかったことばかりです。県としてどういう支援をしていったらよいかは一切考えられなかったですね」

岩手医科大学では、震災後に災害医療を学ぶ講座を新設。そこに眞瀬教授が着任し、学生のみならず、全国の医療従事者にも教えている。

「研修には大きく二つあって、一つは災害医療そのものを教える場。これは医師と看護師を集めて、災害時の患者さんをどのように診るかという研修です。これに対して、災害現場で医師と看護師の力を100%発揮させるためにはどういう場をつくったらよいか。衣食住のことであったり、あるいは連絡体制の問題だったり、そういう医師と看護師の下支えの部分の研修です。このような医療の現場を支える仕組みづくり、ロジスティクスと呼ばれる「後方支援活動」が必要で、そこで活動する人がいないと組織も動かないので、きちんと動ける人を育てる研修をしています」

今回のコロナに対してロジスティクスの活動を当てはめるとすると、どのような対策になるのだろうか。

「今はまた県庁で活動させていただいているんですが、東日本大震災時の教訓がいきています。例えばクラスターが発生したときに、現場に訓練された人材を派遣しないとクラスターへの対応ができない。東日本大震災の時は現場と県庁、その間に保健所を入れるというスキームがうまくいかなかったのですが、その後の研修会や訓練等でそうした技術が磨かれ、今回のような感染症への対策もスムーズにできるようになりました。また、東日本大震災の後も、他の被災地に出向いてお手伝いさせていただき、そういうノウハウが県の組織や、活動に還元されているのではないかなと思います」

コロナが発生して1年以上になるが、最も大変だった出来事は何だったのだろうか。

「クラスターが連続して発生したことがあって、そういう時の対応が一番大変というか、苦慮しました。今(2021年6月現在)は県全体では落ち着いてきましたが、まだ盛岡市では飲食店を中心に感染者が出ていますので、ここを抑えないと今度は家庭や医療機関、福祉施設に波及してくる可能性があるので、そこを危惧しています」

災害を経験した医療人がいるのは大きなメリット

ワクチンの接種も進んできたが現在の課題は何だろう。

「岩手県で最初に感染者が出てからもう1年になりますが、今回のコロナを診てもらっている医療機関や保健所、それから県庁の人たちはかなり疲弊してきています。診る病院と診ない病院を分けるというよりは、病院同士が連携を取り合って診るという仕組みをつくったり、保健所にもう少しスタッフを投入して、一人ひとりの仕事を楽にしてあげないと、厳しい状況になってくるのではと思います」

震災やコロナの教訓を、今後、地域医療にどのように還元していけばよいのだろうか。

「震災にしろ、今回のコロナにしろ、医療機関や行政のロジスティクスが重要だと思います。岩手県はその仕組みが少しずつできてきていますので、それは、平時の医療機関の役割分担にも役立つことなのです。平時にこそ、こういう震災とか災害の教訓というのはいきてくる。やはりいくら計画を立てて訓練しても、本番を経験した人たちがいるというのはすごく大きいことです。その人たちの顔が見える関係になってうまく連携ができれば、平時の地域医療も一層うまくいくのではないかと思っています」

人の行動を制することの難しさと大切さを実感

まず最初に2020年2月、日本で新型コロナのニュースが報道された始めた頃に、どのような感想を持ったのだろうか。

長島 まず、未知の感染症を相手にしなければならないという漠然とした怖さを感じていました。2009年に新型インフルエンザが流行し、当院でも新型インフルエンザによる重症肺炎の患者さんを受け入れて人工呼吸器を装着したことがあります。また同じような状況になるのかもしれないといった思いがありました。
近藤 私はその時、何とか岩手までは来ないでくれという思いと、とはいえ抑えることはできないだろうという覚悟はありました。マニュアルを見直して対応していかなければいけないと思っていました。

感染制御部としては、当時、どのような対応を考えていたのだろうか。

近藤 マニュアルには局面に応じたコンディションをA、B、Cという3段階で対応する項目があります。例えばコンディションAは海外で発生した場合、Bは国内で発生した場合、Cは院内で発生した場合で、そのときはコンディションBでしたが、いずれはCに移行してくるなと考えていました。

コロナ禍の中、病院機能を維持するためにどのように取り組んでいるのだろうか。

長島 基本は患者さんの早期発見、そして院内で拡げないために何をするべきかを常に考えています。私自身は2021年4月1日に着任したので、2020年の早い段階での対応には直接はかかわっていないのですが、すみやかな情報の周知徹底や当院敷地内の商業施設の座席数を減らすなどの対策が行われています。
近藤 ダイヤモンドプリンセス号の話が出た時点で対応を始めていました。当院の入り口を正面玄関一つに絞り込んで、そこで体調の確認といった対策を強化する。他は必要な方だけ院内に来ていただくという取り組みなどをしています。

医療現場にいて、ここ1年、特に苦労したことは。

長島 これまで当たり前のようにしていた、出張や学会に行けなくなりました。このような職員の行動制限をかける判断を病院長に上申するということは実際、気苦労の多いところです。
近藤 常日頃、感染対策の指導をしてきたつもりだったのですが、職員の方々の気持ちが揺れ動いている時期がありました。私たちが普段どおりでいいんですよと指導したつもりでも、その普段どおりという認識が現場の皆さんと私たちの間でずれがあり、普段どおりとは何だということにもなりました。
嶋守 スタッフのストレスは各現場でとても強く感じました。スタッフの家族への対応を含め、精神面のフォローの必要性を感じました。
及川 相談に来る内容も一例一例複雑だったり、その対応の大変さを感じました。あとは標準予防策を常日頃の研修等でくり返し行っていたのですが、その認識が不十分だったことがわかりました。
稲垣 物資の不足です。例えば手指消毒剤が不足し、その対策のために院内で薬剤部と連携して手指消毒剤をつくり、その難を乗り越えました。

重症患者の受け入れ体制として具体的にどのようなことを行ったのだろうか。

長島 まずは私が新型インフルエンザの時の経験もありましたので主治医になり、感染リスクを下げるため、専従医をつくり1週間交代で対応すると決めていました。
近藤 重症患者を受け入れる体制づくりとして、まずは感染制御部でどの部署で対応するのが一番よいかという案をつくりました。どの部屋を使って患者さんはどこから入って、スタッフはどのように動いて、といったイメージをまず図に表すことから始めて、こうしたやり方で防げるのではという案を他の院内部署に伝えました。

全職員の方々が一丸になって対応していることについては。

長島 たびたび病院長と私の連名という形で職員にはこれはしないでください、控えてくださいといった制約をお願いしています。全員が粛々と対応していただき感謝しています。
近藤 今回のコロナに関しては関わらない部署がないんだ、全部署のスタッフが関わっているんだ、という気持ちをすごく感じています。皆さんが積極的に動いてくれていて感謝の気持ちでいっぱいです。