東日本大震災を越えて地域医療の連携づくり 岩手医科大学
東日本大震災の被害状況全体

2011年3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源とする巨大地震が日本列島を襲いました。阪神大震災の約1000倍に相当すると言われるM9.0の激震により、最大数十メートルの津波が押し寄せ、無数の家屋と多くの方々の命や生活を奪いました。
「東日本大震災」と命名されたこの「未曾有の災害」は、地震そのものによる被害に加えて大津波による被害、さらには火災・液状化現象・福島第一原子力発電所事故・大規模停電など、多岐に渡りました。

死者・行方不明者数は関東大震災の10万5,385人に次ぐ多大なものとなり、戦後最悪の自然災害となってしまいました。

○岩手県の被災状況(平成23年5月8日 17:00時点)死者 4,380人・行方不明者 3,275人・負傷者 165人・家屋倒壊数 19,669戸(「岩手県災害対策本部」調べ)

岩手県の医療環境

1995年に起きた阪神淡路大震災で学んだ教訓を生かして、厚生労働省は各県の医療サービス管轄地区に準じ災害拠点病院を設置する戦略を推し進めてきました。現在岩手県には11の災害拠点病院があります。
 
岩手医科大学附属病院は、基幹災害拠点病院の1つとして、負傷者の受け入れ、他の病院の支援など、被災地の人々のために重要な役割を果たしています。当院には、全国で7番目に認定された岩手県高度救命救急センター、「循環器病診療総合支援ネットワークシステム」に参加する岩手医科大学附属循環器医療センターなどの高度医療施設が設置されています。

<岩手医科大学附属病院の沿革>
明治30年
私立岩手病院開設 医学講習所、看護婦養成所、産婆学校併設
岩手産婆看護婦学校併設
明治34年
私立岩手医学校設立認可
明治45年
私立岩手医学校閉校[医療教育制度改革により]
大正15年
岩手病院診療棟竣工(現1号館)
昭和3年
財団法人岩手医学専門学校設立認可
医学専門学校附属病院開設
昭和22年
財団法人岩手医科大学に組織変更
昭和27年
新制岩手医科大学発足
岩手医科大学附属病院へ改称
昭和40年
歯学部設置認可
昭和42年
歯学部附属病院開設
昭和45年
附属病院外来診療棟、中病棟竣工
昭和55年
岩手県高次救急センター開設[岩手県と共同]
東病棟竣工
平成5年
岩手医科大学附属花巻温泉病院開設
平成6年
岩手医科大学附属病院に特定機能病院の承認
平成9年
岩手医科大学附属循環器医療センター開設
創立60周年記念館竣工
平成13年
岩手県高次救急センターを岩手県高度救命救急センターへ改称
[運営主体が岩手医大となる]
平成17年
岩手医科大学附属病院に歯科医療センターを開設
[歯学部附属病院を統合]
平成21年
岩手医科大学附属循環器医療センターを岩手医科大学附属病院へ統合

<岩手医科大学の指定機関状況>
特定機能病院
特定承認保険医療機関
特定承認療養取扱機関
労災保険指定医療機関
生活保護指定医療機関
指定自立支援医療機関
(育成医療・更生医療)
指定自立支援医療機関
(精神通院医療)
感染症法指定医療機関
戦傷病者特別援護法
指定医療機関
原子爆弾被爆者医療
指定病院
養育医療指定病院
救急告示病院
岩手県高度救命
救急センター
病院群輪番制参加病院
臨床研修指定病院
臨床修練指定病院
(外国医師、外国歯科医師)
災害拠点病院
エイズ医療中核拠点病院
治験拠点病院
都道府県がん診療連携
拠点病院
診療報酬の算定方法に
基づく施設基準の届出
肝疾患診療連携拠点病院
岩手県認知症疾患医療センター

学長メッセージ
未曾有の大災害に大学一丸で立ち上がった
[第1報]2011.03.15
東北地方太平洋沖地震により被災された多くの方々に心からお見舞いを申し上げます。
この度の地震に際しましては、全国の皆様からご心配、お励ましなど頂き、職員一同大変励まされ、勇気を頂いております。

歴史的巨大地震であったにもかかわらず、幸いにも内陸地区では建物と人的損傷はわずかであり、岩手医科大学附属病院として特定機能病院、基幹災害拠点病院、高度救命救急センター機能は健在です。

TV新聞等で報道されておりますように、岩手県沿岸部は壊滅的打撃を受け、多くの方がお亡くなりになり、さらに多数の被災した方々は避難所生活を余儀なくされております。

また、医療供給体制も、救命救急医療から、避難所における慢性疾患治療、健康管理、衛生管理による二次災害予防に移りつつあります。岩手医科大学災害対策本部としてはこの様な求められる災害応援としての医療供給体制の変化に順次対応し、避難所診療、地域病院支援体制を構築して最大限の対応を致しております。

一方、現時点での最も大きな問題は、全県でエネルギー(ガソリン、重油)が枯渇している事です。医療チーム派遣、病院機能維持にも影響して来ております。また、医薬品、医療材料も不足して来ており、政府の迅速かつ適切な対応を切にお願いする次第です。

未曾有の大災害に際し、一刻も早い復興に向けて大学一丸となって取り組んでおりますので、皆様には特段のご支援を賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。
岩手医科大学 学長  小川 彰
インタビュー
附属病院における震災対応
岩手医科大学附属病院災害対策本部 本部長
(附属病院長・形成外科学講座 教授)
小林 誠一郎
震災直後に立ち上がった「岩手医科大学附属病院災害対策本部」。大地震により本学附属病院も停電が起きましたが、迅速な対応で非常用電源に切り替え、集中治療室や手術室などへ電力の供給や人員配置による患者さんの安全確保を維持することができました。しかし、重油の不足もあり、CTやMRIなどの診断機器は停止。これに関しては今後国を挙げて災害時の高度医療維持策を講じる必要があると感じました。
 
暖房用の重油も当初、確保が困難となり使用制限しました。患者さんの給食に関しては非常食のストックがありましたが、なんとか一週間は維持しなくてはと、スタッフ一同追加の物資の入手に奔走しました。
 
附属病院の災害対策以外にも兼任で 「いわて災害医療支援ネットワーク」の総括責任も担当。震災直後は情報が錯綜していて他の地区からのDMAT(災害派遣医療チーム)も各所でバッティングするなど効率の悪い運用となっていましたが、本学のスタッフが岩手県災害対策本部に加わり、各種団体の協力のもと窓口を一本化できるようになり、円滑な派遣ができるようになったと思います。初期の救命救急支援から、その後の避難所における慢性疾患治療、健康管理、衛生管理にスムーズに移行できたことも、一元的な体制づくりができていたからだと思います。
 
今回の震災医療の現場で感じたことは、自衛隊の復旧活動の迅速さと情報収集力の素晴らしさ。今後の震災医療を円滑に進めるためにも、自衛隊との連携を取っておくべきだと感じました。
沿岸部に深い爪痕を残した大津波
岩手県高度救命救急センター
緊迫する状況で始動するDMAT
様々な情報が集まる災害対策本部

 

 

 

 

 

 

 

災害対策本部の陣頭指揮を執る小林本部長
日々変わる現場の状況を把握